線がぼやけるところ
どれだけちがっても、こえてはいけない線は、あります
言葉できっぱり説きにくい灰色のところでも、わたしの居心地の悪さは、消えません。
ここでは、相手がどんな人かを決めつけません。カメラは一か所だけを照らします。わたしはどこでやり取りを止めて、どれだけの隔たりを取るのか。
続く問いは、見立てたり値ぶみしたりするためのものでは、ありません。いまの自分の考えと目安を、たどり直す問いです。
もめごとと、心を傷つけるあつかいとがまぎれるとき、考えのちがい・わたしの断りを軽んじたふるまい・安全から見ることを、分けてみます。
「どうしてああなのだろう」と、その場面を何度もたどり直しましたか。ここでは心の内を当てません。実際に出てきた言葉とふるまいから見ます。
自分で確かめた言葉とふるまいを目安に、自分の日々と安全を守ることへ、力を向けてみます。
この道具は、相手を見立てたり、法のうえの結めを出したりするための道具では、ありません。たがいにちがう考えと、自分の選びを軽んじたふるまいを分けてみて、いま自分が決められることを探します。
暴力・脅し・つきまとい・性のふるまいの押しつけ・携帯やアカウントの見張り・お金と動きの縛りは、ただの持ち味のちがいとして流すことは、できません。こういうことがあったなら、安全な隔たりと助けから確かめます。
love is respect — 健やかな間柄と、害になる間柄 love is respect — 力と縛り WomensLaw.org — 心を傷つけるあつかい Women's Aid — 間柄の健やかさの点検
ありさまを長く説かなくてもかまいません。覚えている言葉と、自分で見たふるまいだけを短く書きます。浮かばないなら、空のまま始めてもかまいません。
正しい答えを当てる問いでは、ありません。いまのことに近いほうを、一つ選んでみます。
自分の考え・時・日どりが、間柄のなかにも残っているかを見ます。
二つの世が、それぞれの線を守っています。近づいても、自分の考えと日々は、そのまま残ります。
図の押しどころは、四つの見本を見せるだけです。自分のありさまに近い目安は、下で別に選びます。この図は、相手の持ち味や法のうえの危うさを、決めつけません。
いま選んだ目安で整えました
自分が約束を破ったり、つたなく言ったりしたところは、直せます。それでも、相手が選んだ荒い言葉・圧・見張りまで、自分の引き受けでは、ありません。
線がぼやけるところ
言葉できっぱり説きにくい灰色のところでも、わたしの居心地の悪さは、消えません。
ここでは、相手がどんな人かを決めつけません。カメラは一か所だけを照らします。わたしはどこでやり取りを止めて、どれだけの隔たりを取るのか。
続く問いは、見立てたり値ぶみしたりするためのものでは、ありません。いまの自分の考えと目安を、たどり直す問いです。
言葉で説きにくいこと
軽んじ、圧、言葉を変えること。一つずつは通りすぎても、続くと、間柄は静かに重くなります。
名づけにくいことでも、「わたしの断りが守られたか」は、別に見られます。
傷になったことを、なかったことのように覆いません。いま自分を守る目安を、探してみます。
大事な前置き
この上映の場では、線をこえた言葉とふるまいを「かまわないこと」として、つなぎ直しません。
わたしが感じた怒りと傷に、「敏感さ」や「しつこさ」という字幕も付けません。
相手を変えることに力をつかいきるより、いま自分の力をどこへ向けるかを、決めてみます。
問いを変える
「いったいどうしてああなのだろう。」その問いを、何度回してみたか分かりません。答えはいつも、画面の外にありました。
尊べるちがい、わたしの線をこえたやり方、一度でも安全から見ていくふるまいを、分けてみます。
今日のカメラは、心の内ではなく、実際に出てきた言葉とふるまいだけを照らします。
みんなの言い争い
しょうゆのきりっとした塩けが、卵の甘みを立てます。
ソースの甘みと酸みが、卵に合います。
何十年も続く言い争いですが、たがいを「まちがっている」とは言いません。ただ、ちがう食べ方をするだけです。
食べる目安
食べない食べもの
なじみのある食べもの
信仰と暮らしの背きがちがうだけで、どちらかがまちがっているわけでは、ありません。
旅の仕方
回る道もおいしい店も決めておくと、心が落ち着きます。
その日の気分で路地を歩くことが、旅です。
旅の仕方がちがって言い争う間柄は多いですが、どちらも「まちがった旅」では、ありません。
暮らし方と、家族の目安
家の行事と、一緒にすごす時を、大切にします。
近しくても、それぞれの時と選びを、大切にします。
家族を大切にする仕方がちがうからといって、どちらかがまちがっているとは言えません。ただ、相手に自分の仕方を押しつけたり責めたりしたふるまいは、ただのちがいと分けてあつかわなければなりません。
お金の意味
いまの経験と思い出に、お金を使います。
お金のうえの自由と、自分で決める暮らしに、そなえます。
向きはちがっても、どちらもしあわせを探す仕方であり得ます。
人生の値うち
挑んで成果を出す暮らしに、意味を置きます。
間柄とゆとりのある暮らしに、意味を置きます。
暮らしで大切に見る目安は、ちがってかまいません。どちらかがまちがっていると決めつけることは、できません。
ここから、分けてみる番
ちがい考え・好み・よりどころの中身
線をこえること断りと選びの、あつかわれ方
ここまでの場面に、正しい答えは、ありませんでした。明かりが少し落ちます。ここからは「ちがい」として流せない言葉とふるまいが出ます。
下の場面は、人を決めつけるための見本では、ありません。実際に出てきた言葉とふるまいを見ていくための見本です。
暴力・脅し・性のふるまいの押しつけ・つきまとい・承知のない見張りは、一度でも、先に見ていかなければなりません。
沈黙の意味
「いまはつらいので、あした話そう。」わけと、また話す時を知らせます。
言い争いのあと一方的に連絡を断ち、こちらが先にあやまって折れてはじめて、何もなかったようにやり取りを戻します。
見こみもなく連絡が断たれると、いつまた話せるのかが分かりません。連絡がまた続くたびに、こちらが先にあやまって、自分の立場を引っこめなければならなかったか。そこが、この場面の分かれ道です。
わけをひとりで当て推ししつづけるより、いつまた話すかを知らせてくれるかを、見ていきます。
あやまりのあとのふるまい
あやまったふるまいを指して、直すことを言い、実際にふるまいを変えます。
酒を飲んでひどい言葉を言った次の日に「すまないと言っているだろう」と言います。けれど次の酒の席でも、同じひどい言葉を言います。
あやまりのまごころは、画面に写りません。次の場面でふるまいが変わったかは、写ります。
贈り物のはたらき
心をやり取りする表しであり、受け取ったあとも、わたしの断りと選びは残ります。
誕生日に高い贈り物をします。わたしが会うのを断ると「これだけしてやったのに、これくらいもできないのか」と言います。
贈り物は、心をやり取りする表しでもあり得ます。けれど贈り物を持ち出して、望まない集まりやゆずりを求めたなら、贈り物のあとも断れたかを、別に見なければなりません。
値だんより、贈り物を受け取ったあとも自分が断れるかを、見ていきます。
言い争いの目あて
新しい事実を知ったら自分の考えを見直して、一緒に手だてを探してみます。
「今月の支払いを一緒に見よう」と言いました。すると「そちらの家からきちんとしろ」と言って、わたしの親や、過ぎたしくじりまで持ち出します。
支払いの話をしたのに、親や過ぎたしくじりへ題が移りました。いまの困りごととちがう責めが出つづけるなら、説きを足すより、やり取りを止められます。
案じるという言葉
考えを言ったあと、わたしの答えを待ち、断れば、わたしの選びを尊びます。
「案じて言うのだ」と言います。わたしがちがう考えを出すと「いまわたしを攻めているのか」と言って、暮らしの費えを断つなど、お金で圧をかけます。
「案じて」と言っても、ちがう考えを言ったというわけで責めたり、暮らしの費えを断ったりしたふるまいは「ちがい」では、ありません。言葉の意味より、実際にお金を断ったかを見ます。
言葉の心の内を当てるより、ちがう考えを言ったあと、実際に出てきたふるまいを見ます。
わたしのしあわせへの構え
こういう気持ちは、誰にでもわきます。
上へ進んだ知らせを話すと「このごろはみんなその程度だ」と言います。祝いの席では、人の前でわたしのしくじりを持ち出します。
相手がどんな気持ちだったかは、分かりません。人の前でわたしのしくじりを持ち出したふるまいは、確かめられます。
相手が認めてくれなくても、わたしが喜ぶわけまで消えるわけでは、ありません。
助けという言葉
「つらい」と言ったときに「そうだったんだね」と、まず聞いてくれることです。
「職場でたびたび軽んじられてつらい」と言いました。すると「あなたが世の付き合いを下手にしているからだ」と言って、長く説教します。
一度のつたない助言が、すぐ困ったふるまいになるわけでは、ありません。けれど寄り添ってほしいと求めたのに説教や値ぶみがくり返されたなら、わたしの言葉を聞くより、よしあしを問うやり取りへ流れたかを、見ていきます。
その人になぐさめを望みつづけるか、専門の窓口やほかの人に助けを求めるかは、自分が決められます。
私ごとの線
近しくても、それぞれの暮らしがあり、携帯・アカウント・お金を見る前には、まず聞きます。
水浴びのあいだに、携帯のメッセージをこっそり確かめます。困りごとを言うと「やましくないなら、どうして怒るのか」と言って、目を、わたしの応じへ向けかえます。
相手の胸の内や思わくを知ろうと骨を折らなくてかまいません。許しなくのぞき、わたしの断りを軽んじたという事実だけでも、自分が受け入れない線を、決められます。
近しい間柄にも、承知と私ごとは、残ります。
覚えへの構え
「わたしはちがうふうに覚えている。」と言って、メッセージや約束を一緒に確かめます。
「今月の家賃はわたしが出す」というメッセージが残っているのに、「そんなことはない。また思いちがいをしている」と言います。
メッセージや約束を一緒に確かめようとしても、ふさがれつづけたかを見ます。安全に記録できるなら、日づけ、実際にやり取りされた言葉、残っているメッセージだけを書きとめておきます。
覚えのちがいより、事実を一緒に確かめられるかを、見ていきます。
間柄の中心
たがいに言い、断りながら、変わったありさまに合わせて、折り合いを探し直します。
移り住む町と、取り決めの日を決めたあとで告げます。わたしが考えを出すと「家族のことを考えないのか」と言って、ついてこいと言います。
心の内は分からなくても、わたしの考えが決めに入れられたかは、画面にそのまま残ります。
相手が変わるかどうかより、次の決めで自分の考えをどう守るかを、決めてみます。
きつねか、たぬきか。正しい答えも上下もない選びが、あります。好みと暮らしの目安も、同じです。
けれど、わたしの断りを軽んじたやり方は、好みのちがいでは、ありません。暴力・脅し・性のふるまいの押しつけ・つきまとい・見張りは、一度でも、安全から見ます。
そのことで自分の日々が変わったなら、その関わりも見ていきます。それを敏感さのせいにだけは、しません。
「いったいどうしてああなのだろう」という問いは、今日ここで下ろします。代わりに、こう問いかけます。「わたしはどこでやり取りを止めて、どんな隔たりを取ろうか。」
相手を変えることは、自分の分では、ありません。実際に出てきた言葉とふるまいをもとに、自分が受け入れないふるまいを、分けてみます。
過ぎたことは変えられませんが、そのことがこれからの自分の選びまで代わりに決めるようには、しません。