まぎらわしい言葉の事典
見方を組み替えること
🖼️ 見方を組み替えること(Reframing)は、苦しかった経りの意味を、新しい枠で読み直して、暮らしの手綱を取り戻す、考えのやり方です。
「わたしはこわれた」という結びのかわりに、「わたしは持ちこたえた。これから自分を守る術を学ぶ」のように、別の見方をさがしてみてください。
「わたしはこわれた」という結びのかわりに、「わたしは持ちこたえた。これから自分を守る術を学ぶ」のように、別の見方をさがしてみてください。
こんな場面で、よく起こります
💭 「わたしは愚かにもだまされた」→「はじめからすべてを知ることはできなかった。これから確かめる目安を一つずつ作ればよい。」
💭「わたしの人生の一部を失った」→「失ったのはたしかだけれど、これからの選びまで奪われたわけではない。」
💭「わたしの人生の一部を失った」→「失ったのはたしかだけれど、これからの選びまで奪われたわけではない。」
こんなときは
💡 無理によく考える必要はありません。つらかった本当のことは、そのままにしておいてください。次に確かめる目安を一つ残すだけでもかまいません。
日本で「モラハラ」と呼ばれることの多い言動に出てくる言葉を集めた、事典の一部です。
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